top of page
執筆者の写真中井 康寛

FPと読む新聞シリーズ 布団から出るという教養

寒くなって困ること。


それは、布団の中がどんな優れた空調よりも最適な温度を形成してしまうこと。

あんなにアナログな空間なのに。


「あと5分は寝れるかな、でもその後は外に出る、絶対に」

毎朝繰り返される頭と身体の駆け引き。


そして時として起こる離脱の失敗。


爽やかな朝。誰かしらが持てる力を使って駅へ向かって自分の横を駆け抜けていく光景を見ます。でもその時の心の内を察することができない人の方が少ないのではないでしょうか。「がんばれ」と自然と湧き出てしまうのは私だけではないと思っているのですが。みんなの応援を背に受けて走っている点では、箱根駅伝と遜色ありません。


自分がランナーを務めたことだってあります。


あの角をあと何分後に曲がって、エスカレーターを使わずに階段を駆け上がり、そこから最後の力を振り絞って走れば「何とかいつもの次の電車には間に合うか」


頭は冷静にシミュレーションし、足は情熱的にフル稼働。

後はゴールテープ(改札)の間を突っ切るだけ..。


ピンポーン。


「チャージが足りません」



無常にはじき返された後に愕然としながらチャージで並ぶ自分と出発するいつもの次の電車。




そんな情景を思い出しながら日本経済新聞12月10日の朝刊見出し【JR東日本、改札不要で乗車 スイカの位置情報利用・送金機能も】からテーマを拝借しました。28年度以降にスマホの位置情報を利用することで「改札フリー」を実現することを目指しているとのことです。


「Amazon Go」といったレジ無し店舗が実現していることを考えると、もはや技術的な側面で疑うこともないですが、それにしても改札で切符を切る人がいなくなり、タッチすることもなくなり、いつでもスマホで完結するならば駅員さんもいなくなるのでしょうか。


そうやって段々と「音」が無くなっていきますね。


コロナ禍の折、圧倒的に消え去った街の「音」の量ですが、あの静けさがニュースが伝える非常事態の文字情報を感覚として捉えられるものに変えた記憶があります。


当然、人が密集する電車に対する見方は180度変化しました。鉄道業界に限らず、経営にあたってリスクマネジメントは大切ですが、どれだけ景気が悪くなるシミュレーションをしたとしても、人が電車に乗らないことを想定することは難しかったのではないでしょうか。


確かに、過去にもインフラ企業とて盤石とは言えない経験をしています。

大地震で電力会社の安定性が問われたことがありました。


どちらにせよ、一度このようなことが現実になった今、今後も同じことが起こるかもしれない。コロナウイルスの蔓延は、今までのスタイルを見つめ直さざるを得ないインパクトを残しました。ただ、そもそも日本の構造的にも鉄道会社が体質変化を求められていた部分もあったのです。



その背景として大きいのが人口減少。電車に乗る人がダイレクトに少なくなるわけですから喫緊の課題となります。


23年の人口動態では合計特殊出生率が1.20で過去最低となりました。実に8年連続の低下です。中でも東京は深刻で、全国でただ一つ1を割り込みました。また、出生数(72万人)や婚姻数も戦後最少を記録。死亡数が出生数のほぼ倍となるため、約80万人が自然減となっています。外国人の人口は約300万人。総人口の2%台であり、自然減を補うにはまだまだというところです。


人口が減ることが明白である上で、その狭まるパイを奪い合うことになる輸送企業のライバルの存在と変化も挙げられます。近距離においてはライドシェアというサービスが進んでいますし、長距離では航空機がLCCで新幹線と争っていますね。最近街中でシェアサイクルを利用して颯爽と走っている方も見かけます。



そうした今、鉄道会社にとって「運ぶ以外」をどう捉えるかがとても重要視されています。鉄道会社自体のレールを決めることになるからです。


例えば、最近上場した東京メトロを見てみると、輸送での稼ぐ力は突出しているものの、全体に占める運輸収入が8割を占めています。調達した資金をどこに振り向けるのか、まさに問われることとなりそうです。


そんな「運ぶ以外」の一つの方向性として期待されているのが「データの活用」


インフラ企業の最大の特徴はハードを持っていること。鉄道や駅といった固定資産は「運ぶ以外」の視点で見た時には異なる役割を果たします。

記事の例を簡単にまとめると、「改札データの分析によって乗車日時やSuicaの決済額が分かり、細かな運賃の割引や他の交通機関や商業施設との連携の強化が可能となる」ということだそうです。鉄道は人を運ぶものに加えて、現代の日本人のデータを運んでくるもの、という役割が追加されます。


このデータ活用の考え方は、鉄道だけに限ったことではありません。個人宅で使用される冷暖房からデータを収集できれば、その人が朝何時に起きて、何時に外出して戻るか、適温はどれくらいなのかの動きを捉えられる。また、何かの本で読んで面白いと思ったのが「ワイパー」です。全ての車のワイパーからデータを収集できれば、リアルに雨が降っているエリアやその激しさが視覚化できるというものです。


データはまるでレゴブロック。単体では何の意味もないただのブロックなのに、それが集まれば乗り物を作り、お城を作り、そこにストーリーまでも出来上がります。そんな風にデータも重なれば重なるほど、意味を持ったフィードバックを与えてくれます。

これをリアルの世界に当てはめることで、これまで存在したズレがどんどんと埋まり、シームレスに変わっていきます。この心地よさ、便利さはこれから期待できる価値の源泉といえるでしょう。



駅から降りてバスに乗り換える、、しかし次のバスまでしばらく待つことになりそう。

些細なことですし、贅沢なことかもしれません。

でも、、、できるならもっともっとスムーズに移行できればとても素敵なのに。


そこでもデータが寄り集まって単一のプラットフォーム上で有機的に結びつくことで、理想的なタスキのつなぎ方が浮かび上がります。それもまるで箱根駅伝。。。


もちろん、このような発想はすでにあって、「MAAS」と呼びます

他方では自動運転が実用に向けたステージにのぼっていますが、こういった他のテクノロジーと掛け合わせると更に柔軟性が増すことが期待されますね。



ところで、先ほど出た東京メトロですが、不動産事業に力を入れると記事にありました。不動産投資は個人においても一つの収益ツールではありますが、鉄道が考える不動産事業も同じようにたくさん建物を持つことなのでしょうか?


この不動産事業にもデータを絡める、という発想も出てきそうなものですが、なんとJRは街ごと作ることを考えているそうです。私たちの行動を圧倒的な量のデータで先回りした便利な街の誕生。こんなものがここにあったらいいのにな、こういうことができたら、、、が空間ごとある状態でしょうか。


これまで見てきたように、デジタルの波及は通信やEコマースなどの小売りなどを経てインフラや街のような空間にまでに至りました。そもそもですが、このように企業がデータを駆使して利便性をテーマに手を広げていこうとする理由は単純です。そこにビジネスが成立するからです。


そしてビジネスとは対価の獲得、お金です。であれば、お金そのものもデータでの紐づけによってシームレスになれば、消費者と強固に連結された大きな一連の流れが出来上がることになります。



その橋掛けとなりえるのが給与のデジタル化。お金の話となってはFPとしてもちょっと気になります。



政府は2023年4月に給与のデジタル払いを解禁。そして今年8月、事業者の申請をした複数社のうちPayPayが指定を受けました。ちなみに、受け取れる金額は20万円が上限となります。


ソフトバンクのお家芸とも言える「勝者総取り」をここでも発揮。壮大なインフラ会社となることを目指しています。従来の給与所得者だけではなく、単発で仕事を請け負う「ギグワーカー」などは都度給料を受け取れるようになって利便性が増すとのことです。確かに仕事の多様化とともに給与の形も多様化するのは自然な流れではありますね。


PayPayと言えばキャッシュレス決済ですが、その勢力図を俯瞰してみると、モバイルスイカの累計登録数は3100万ほどで、約6600万のペイペイや約6300万のd払いに次ぎます。

PayPayではこのうち本人確認を済ませた方が3000万人。これはほぼメガバンクの口座数並みの基盤を持っていることになります。

本人確認ができていることでグループの金融機関の顧客としての潜在性を持つことになります。


これらは少額の支払い方法としては現金決済をどんどんと追いやっている感もありますね。一方で高額の支払いをこのような形で決済することはピンとこないのではないでしょうか。その市場にはクレジットカードが鎮座しているからです。

当然ここに切り込んでい行かない理由はありません。こちらに対しては、決済上限額を上げるなどしてアプローチをかけています。



このようにして、給与から消費への距離がどんどんと縮まると、私たちの感覚にも変化が起こります。本質的には何も変わらないのに、お金の捉え方が非常に軽いものになってしまう危険性があるのです。ですので、適度な距離感と意識を持って、うまく付き合っていくことが大切と言えます。


お金だけではなく、「適度な距離感と意識を持つ」ことは幅広い事柄に当てはまる気もします。利便性の向上に一段と拍車がかかることで私たちの環境は塗り替えられていき、そして追いつく暇もなく、生活空間が緻密に構成されたデジタルのインフラに囲い込まれていく。

この流れは止まることはなさそうです。

私たちの日常はデジタルという見えない布団に囲まれて、実に心地の良い適温が醸成されていくということです。


しかし、ぐっとこらえて適温から出る必要がどこかであるはずです。

それに気がつかずにお金や時間を消失してしまっては、自分のハッピーという駅に向かう本来乗るべき電車に乗り遅れてしまうかもしれません。

布団にくるまっている状態から外に出る意識や技術は、これからの時代の教養なのかもしれませんね。


Comments


新着記事
New article

免責事項
本記事の内容は投稿時点の情報に基づいて作成されています。時間の経過に伴い、情報が変更される場合がありますのでご了承ください。正確性や最新性を保証するものではありません。詳しい情報や最新の状況については、必ず公式サイトや関連機関をご確認ください。

bottom of page